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おとなの絵本クラブ

大人目線で楽しむ絵本や児童書の記録。調布市・つつじヶ丘の古民家「もえぎ家」を拠点に、絵本を読み合い、語り合う会を開催しています。

何のために、誰のためにはたらくのか

児童文学

「矛盾には気付いてる。本当にやりたいことではない。でもお金も必要だし…」

1人目の出産後、1年ほど経って職場復帰した時の、複雑な心のうち。

当時の私は日々、葛藤していた。可愛い子どもを置いてまでやりたいことなのか? 慌ただしく家を飛び出して保育園に送り出し、帰ってきたら時計に追われながら睡眠の儀式にこぎつけて……。やることといえば、世の中を効率的に、便利にするための仕事。子どもとの生活とは真逆の世界。子どもというものは、大人の足なら5分で着くところまで、好奇心に任せてあっちいったりこっちいったりで、30分はザラな生き物だから。

 

早くしてくれ〜と思いながらも、そののんびり具合さえ心地よかったはずなのに。

日々を慈しむこの感覚を大切にしたい、と思っていたはずなのに。

でも、やっぱり仕事は大事だしさ。

必要としている人もいるわけだしさ。

子どもの将来のためにお金も必要だしさ。

 

そう言い訳をしながら、「本当に今の私に必要な仕事なのだろうか……」という自分の心の中にある矛盾を見ないフリしていた。

 

「はたらく」は「はた(傍)をらく(楽)にする」にするためのもの、なんて考えを聞いたことがある。語源ではないようだが、『みどりのゆび』(モーリス・ドリュオン 作 / 安東次男 訳)を読んでいて、ふとこの考えが頭をよぎった。

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主人公は、触れたものに花を咲かせることができる不思議な「みどりのゆび」を持ったチトという名前の少年。トゲトゲした雰囲気の刑務所を明るくするには? 貧しい人たちが住む街並みを変えるには? 暗い表情をした入院中の女の子が、明日に希望を持つには? 戦争を止めるには? …あらゆることのために自分の「みどりのゆび」を使う。

彼がみどりのゆびを使う時に「チトは、はたらきました」と表現されるので、「はた(傍)をらく(楽)にする」が頭に浮かび上がってきたのだ。

 

「どうしたらこの人を笑顔にさせられるだろうか?」と考え、自分のできることを一生懸命やろうとするチトの姿に、胸を打たれる。はたらくって、そういうものでありたい。自分が正しいと思うこと、世の中で正しいと思われていることは、時に矛盾する。その矛盾に気づいても、お金のことだったり、周囲の目だったり、あらゆる考えに囚われて、自分が正しいと思う方向に軌道修正することは、難しい。

 

でもみんな、チトのような「みどりのゆび」を持っているはず?

誰にでも、世の中を笑顔にするためにできることがあるはず?

使わずにいるだけだよね?

私が、誰かのためにできることって何なんだろう?

 

フランスのパリに生まれ、第2次世界大戦への出経験がある作者は、この本の中で戦争も大きなテーマにしている。どうしたら戦争を止められるだろう。みんなが持っている「みどりのゆび」を使えば、止められるかもしれない。そんな思いを未来の子ども達に託したくて、この童話を書いたのだろうか。

 

おとうさんはいいひとなのです、そうでしたね。いいひとで、しかも兵器商人なのです。ちょっとかんがえると、むじゅんしているようにみえます。じぶんのこどもをとてもかわいがっているのに、ほかのひとのこどもたちをみなごろしにするために、兵器をこしらえているんですからね。でも、こういうことは、わたしたちがかんがえているよりも、ずっとたくさん、世の中には見うけられることです。

 

そう、世の中には、いや、大人にはたくさんの矛盾がある。

「そうは言ってもさ……」と言い訳したくなった時。

矛盾を乗り越えて行く勇気を失いそうになった時。

何のためにはたらくのか、誰のためにはたらくのか、見失いそうになった時。

そんな時、この本をまた手に取りたい。

 

 

お話の中で、度々出てくるドキッとするようなフレーズも忘れがたい。翻訳者の安東次男さんのあとがきによると、フランスの童話には、お話の筋よりもきめの細かさ、詩的な雰囲気や言葉の面白さを大切にする特徴があるという。

花ってさいなんがおこるのをふせぐんだよ

おとなのなみだはからだのなかで凍っていて、そのため心までがつめたくなっているんだ 

さり気ないチトの言葉が、ぐさぐさと心に刺さる。大切にしたい、ピュアな心。

 

 

以前に『モモ』(ミヒャエル・エンデ 作 / 大島かおり 訳)を読んだ時にも、大人の矛盾とか言い訳について考えた。その時に感じたことを、天狼院書店という書店のメディアに掲載されたので、こちらも読んでみていただけたら嬉しいです。

忙しい子ども達の近くにいる、忙しい大人達へ - 天狼院書店

 

大切なことに気づかせてくれる児童書。子どもの時には親しんだことがなかったけれど、大人になった今だからこそ、しみじみと味わっています。 子ども向けだからと言って手を抜かず、むしろ子ども向けだからこそ、真摯に描かれているのは、絵本と同じなのかな。